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【講師のフリートーク】古川ロッパの暗号 70年の時を超えて(長文)

2020/08/16

ラジオ局在籍時の2015年に、終戦70年特番を制作しました。

「721(ナナフタヒト)語りつぐ特攻兵器桜花」というタイトルです。

詳細はこちら http://www.talkrescue.jp/blog/detail/id=437

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今回はこの番組の文献と証言に関する話です。



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手掛けた番組は音声のみのラジオドキュメント。
戦時下の関連音楽がどうしても必要でした。

2015年の取材時、インタビューに応じて下さったのは
第721海軍航空隊 神雷部隊の元搭乗員・浅野昭典さん。

浅野さんは取材時にこうに話したのです。

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浅野さん
「古川緑波は(基地に)来ましたね…
 私達を慰める…慰めるっていうか励ますために…」
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桜花は人間爆弾と呼ばれた特攻兵器。
搭乗員ごと敵艦船へ向かう特攻兵器でした。

特攻兵器桜花の部隊の基地
(=茨城県鹿嶋市・神栖市 神ノ池付近)には、
戦地に向かう隊員や搭乗員らを励まそうと、
当時、多数の芸能人らの訪問があったのです。

その中の一人が、当時の大スター
古川緑波(ふるかわろっぱ)さんでした。

お名前の「ロッパ」のカタカナ表記は、
戦時中「緑波」の漢字表記となったそうです。

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古川緑波(ふるかわろっぱ)さんは、今で言えば
サザンの桑田佳祐さんのような大スター。

圧倒的存在感で多数の楽曲を世に送り出していました。

その古川緑波さんは、実は食通でメモ魔。

食べた食材や日々の出来事を
事細かな日記に残していたのです。

その日記は書籍化されています。
「古川ロッパ昭和日記」という書籍です。



これは戦前・戦中。戦後の貴重な資料。

戦時下の食糧難の際
「ゆで卵しか食べられない」
などと率直な言葉を残しています。

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ディレクターの私は、戦時下の情報を
脚本化するため、無数の文献を調べました。

近隣の図書館だけでなく、戦争遺構の図書コーナー、
都内の防衛省戦史研究センターまで
あらゆる書庫を見て回りました。

古川緑波(ふるかわろっぱ)さんの情報も
元搭乗員・浅野昭典さんの証言と合致するか、
文献上の確認が必要だったのです。

私はこう考えました。

「古川緑波が、茨城に来たならば記録があるはず」
「古川ロッパ昭和日記を読むしかない!」

向かった先は茨城大学の閉架図書館。

学生らでにぎわう開架図書館でない、
奥の静かな閉架(へいか)図書館です。

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「おかしい…」

私は不思議に思っていました。

確かに桜花隊元搭乗員の浅野昭典さんは
「古川緑波が来た」と証言。

なのに「古川ロッパ昭和日記戦中篇」には
「茨城」「桜花」の記載が無いのです。

再度、「古川ロッパ昭和日記戦中篇」を
時間をかけて熟読しました。

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数回目の訪問で、「暗号」を見つけました。

「古川ロッパ昭和日記戦中篇」の
1945年3月のページにこう書かれていたのです。

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「佐原から龍巻(竜巻)と貼られたバスに乗る」

(「古川ロッパ昭和日記戦中篇」より)

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これが古川ロッパの「暗号」だったのです!

説明しましょう。

・東京で活動していた大物芸能人の古川緑波は、
 千葉県佐原市の佐原駅まで列車で移動。

・古川緑波ご一行は、桜花の基地
 =茨城県鹿嶋市・神栖市方面へバス移動。

・送迎用のバスは、特攻兵器桜花の
 錬成部隊の第722海軍航空隊の車両。

・この第722海軍航空隊の部隊の通称が
 「龍巻部隊」(たつまきぶたい)

・「龍巻」の張り紙の車両は、
  桜花の部隊の特別車両の意味。

・「桜花」は戦時下の重要機密事項。

・古川緑波さんは、機密の漏洩が無いよう、
 部隊名も場所も特定できぬように書いた…

 このようなことが推察されたのです!

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私は全身が震えました。

「2015年の証言と、70年前の日記が、つながった…」

1945年3月、古川緑波さんは、日記の通り確かに
茨城県鹿嶋市・神栖市の神ノ池基地に出向いたのです。

その地で特攻兵器桜花の部隊を激励する
慰問演奏と歌唱を行い、確かに若き搭乗員の
浅野昭典さんらと出会っていたのです!

「これは70年の時を超えたメッセージだ!」

​​​​​​私は、重要な史実を確かめられた、と感じました。

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「古川ロッパ昭和日記戦中篇」には、
こんな記載もありました。

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「若い兵士たちはよく笑う」

(「古川ロッパ昭和日記戦中篇」より)

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「そうか… 浅野さんら若い搭乗員は、
 古川緑波さんの楽しい音楽で、
 屈託なく、よく笑っていらっしゃったんだ…」

静かな静かな茨城大学の閉架図書館で、
私は思わず涙があふれました。

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「番組を絶対に仕上げたい」
「仕上げなくてはならない!」
「これは歴史をつなぐ仕事だ!」

そんな思いが私の心の奥から湧き上がりました。

古川ロッパさんの暗号。

それはほんの少しの活字でした。

70年の時を経て解読の機会をいただけたことに
深く感謝した次第です。

皆様のご参考になれば幸いです。
(講師:高木圭二郎)

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(参考)
古川ロッパさんが戦時下の慰問で歌っていた
楽曲の一つが「江戸っ子部隊」という曲です。

この曲は私が手掛けたラジオドキュメント
「721(ナナフタヒト)語りつぐ特攻兵器桜花」
でも使用した曲です。

Youtubeでアップされているようですね。
「江戸っ子部隊 古川緑波」 の検索で見つかります。